コラム98

2021年10月23日

利便性追求の壁を越えて

 

未来のありたい姿は、利便性を提供することを追求した社会ではなく、制約の中の豊かさが支配的になる。私はこれを体感している。大企業、中小企業、自治体、地域住民、学生と共に、バックキャストにより未来の心豊かなライフスタイルをデザインし続け、5000種類を超えたあたりからカウントはしていないが、多種多様な生活シーンが描かれてきた。いずれのライフスタイルにも心が豊かになる要素を含めてきた。10数年前、この手法を考案したころは、最も失いたくない物やことを選んで描いてもらった。ところが、直ぐに限界が訪れた。旅行したい、水がたっぷりのお風呂に入りたい、など当然のように上げられたが、皆、似たものを描くのである。毎回のワークショップで同じように制約のありなしとは関係ない豊かさが描かれるのである。制約の中の豊かさはほとんど描かれなかった。この現象に疑問を持った。そこで、制約の中の豊かさと制約とは関係ない豊かさの違いをレクチャーし、制約の中の豊かさを意識的に描くよう誘導した。制約の中の豊かさは制約と豊かさがセットなので、種類は膨大に増えた。人が本当に豊かさを追求し続ければ、制約の中の豊かさにも範囲が広がった。未来のありたい姿の検討は、手を抜こうと思えば、いくらでも手を抜ける。50種類くらいのライフスタイルは、簡単に描け、それで十分だよと多くの現代の人を説得できる。しかし、先人の知恵の絞り出しには到底届かない。近年、未来予想図のようなものが多々世に出てきているが、そのような視点で眺めて欲しい。未来のありたい姿なんて、どうせ夢がある未来のイメージを示せていれば良い、現在、やるべきこととは遠い関係にあるからこの程度で良い、と手を抜いていないか。